Polyunus

ポリウーヌス(多と一):1型糖尿病患者が多面性を表現し、磨きをかけるためのブログです。

暇の穴埋め

知人が主催している勉強会でベーシックインカムの話を聞いてきました。

■まずは背景
ベーシックインカムとは、簡単に言えば無条件で国民全員に最低限の生活ができるだけのお金を支給することです。

多くの有名な経済学者がこの政策に賛成しているそうです。

今の若者の価値観からすると「年収800万(残業22時まで)」より「年収500万(18時退社)」を選ぶようですね。それほど物欲が無くなった=稼ぐ目的が失われたということです。

ご多分に漏れず私もその一人です(もっと言えば、早く帰る優先で年収800万の17時30分退社を目指しますね)。

その地位を体験してみなければ分からないことではありますが、年収というのは「250→500万になった」のと「500→1000万になった」のとで喜びが変わらないそうです(フェヒナーの法則)。

ダニエルカーネマンによれば75000ドルを超えて稼いでもそれによって追加で得られる幸福度は平均的にゼロとのこと。

キシリトールと蜂蜜
…でもお金はあったほうがいい!と思えてしまいますけど、似たような経験はあります。

メイプルストーリーというオンラインゲームにどハマリしていた中学生の頃のことです。

レベルを上げて70になるとある職業的な転換点を迎えることができるんですね。そこまでは必死に敵を倒して経験値を稼ぐことに没頭しました。

そしてついにレベル70を達成!…するやいなや、得も言われぬ無力感が訪れました。そのうちゲームをやらなくなっていきました。

一時期は深夜2時くらいまでやっていたものを手放したわけです。

達成した瞬間の、人工甘味料のようなあの強烈な甘さは、一瞬にして消えていきます。蜂蜜のようなゆるやかなものではなく。

何が起こったかと言えば、その瞬間目指すものを見失ったんです。

同じように、報酬獲得の資本主義ゲームに興じている間はいいのかもしれませんが、トップに近づけば近づくほどに目指すものが減っていくわけです。目指すものが無いときの無力感はすごいものでしょうね。

もちろん、実際に味わうためにはその域に達しなければなりませんが。

■暇人
勉強会中には慶應大学の井上教授の本『人工知能と経済の未来』が引用されていました。

実は以前井上教授の話は講演会で聞いたことがあり、内容には見覚えがありました。

私なりに要約すると、

バタイユの言う「有用性」(役に立つこと)で個人の価値が測られている時代においてAIが労働を代替してしまうことは、その人間の「有用性」を根こそぎ奪うことになる。ケインズの予想では2030年ごろにそのような時代が来る(週15時間労働)。そうなったとき、人は「有用性」以外に価値を見出す必要がある。

というわけです。

もっと簡単にすると「暇」→「仕事ない」→「自分要る?」です。

暇になると自然と思考が深まり、哲学が盛んになります。これは古代ギリシャがそうであったことから言われています。

暇になっても困るというのは、人間大変ですよね。

■どうするか
結局のところ、ベーシックインカム人工知能によって働かなくても生きていける時代が来たらどうするか。

それは哲学に行き着くことになります。

「物だ」「金だ」「社会貢献だ」で幸福が得られないのなら、これしかないですよね。

そうは聞いても、頭では理解できても、私は「仕事しなくていいなんて素晴らしい世界だなあ」くらいの感情にしかならないのが根の深い問題だと思いました。

いずれにせよこういうテーマは間違いなく今後重要性をますます増してくるでしょうから、興味深いかぎりです。

また何かに参加した折は、自分なりのプラスアルファとともに書きますね。